日露戦争兵士「本音」の手紙 東御で550通 – 信濃毎日新聞

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 約110年前の日露戦争で、旧県(あがた)村(現東御市)出身の兵士たちが戦地から恩師に出したはがきや手紙など約550通が、恩師の子孫のもとに残されていたことが22日、分かった。第2次大戦の頃より検閲が緩かったため、戦地の様子がよく分かる。解読を進める上田小県近現代史研究会の桂木恵事務局長(64)=上田市真田町傍陽=は「これだけまとまった史料は珍しい。検閲を差し引いても兵士の本音がよく表れている」と話している。

 桂木さんによると、手紙類は全て、日露戦当時、県尋常高等小学校(現東御市立田中小学校)の校長を務めていた小林彦次郎(1867〜1923年)に宛てたもの。差出人は計85人で、兵士の家族ら5人を除く80人が兵士とみられる。67人は別の史料で出身地や階級などが確認できた。7人が戦死または戦病死している。兵士はほとんどが旧県(あがた)村出身で、彦次郎の教え子とみられる。10通以上出した人が17人おり、最多は44通だった。

 B4判ほどのアルバム状の冊子3冊にまとめられている。保存状態は良く、絵はがきの色も鮮明だ。内訳ははがき約300通、封書約200通、郵便書簡約50通。はがきの半数と封書の約190通は、兵士が無料で送れた軍事郵便だった。

 書かれた時期は1904(明治37)年2月の開戦直後から、講和後の06年初めまで。内容は、新聞や医薬品を送った彦次郎への謝礼や年賀状のほか、自分の無事と近況、国内での訓練、戦場に赴く決意、兵営での暮らし、戦死者への哀悼、彦次郎に頼まれた植物採集の結果―など。軍人や女性をあしらった絵はがきや、食器など日用品の絵が添えられた手紙もあった。

 彦次郎の孫に当たる関文彦さん(87)=上田市上田=によると、冊子は特注のきり箱に入り、東御市本海野の小林家に保管されていた。植物標本が入った箱も幾つかあったが、劣化したため廃棄したという。

 小林家と同じ地区に住む渋谷泰一・信州大名誉教授(78)が数年前に相談を受け、2014年、桂木さんに調査を依頼した。桂木さんは「小林彦次郎文書」と名付けて研究を進め、今後、史誌「信濃」に論文を投稿するほか、本として刊行する計画だ。

 桂木さんの解説を聞いた関さんは「とても価値のあるものと分かり驚いた。人間のにおいがする戦争だったと感じた」。渋谷さんは「貴重な史料が埋もれずよかった。ロシア兵や中国人をさげすむ手紙もあり、(蛮行をした)昭和期の日本兵は、この時期からできてきたのだと思った」と話している。

(8月23日)



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